11月に月日も替わり、寒さも身にしみてきた近頃。
決めなければいけない結末をどうしても決められず・・・もう一ヶ月が過ぎようとしていた。
もう時間もそんなに無いと言うのに。
その事実に気が付いたのは、先月の4日。
朝からおもわしく無い体調に病院に行った。
前々から妙に身体がだるくて、胸がムカムカして。
大丈夫かな?と思いつつそんなに病状が悪いわけでも無くて、たいして気にしてもいなかった。
でも4日の朝、嘔吐に襲われてこれはマズイぞと思い病院に赴く事にした。
その病院は総合病院で、最初に内科にかかっていた筈なのにいつの間にか回された産婦人科。
何がなにやら訳が分からず・・・尿検査をした後に待たされる事十数分。
場内アナウンスにより呼ばれた部屋の番号を開けると、そこは診察台がある部屋で・・・。
もちろん産婦人科な訳なので、診察台があると言う事は下半身を検査する訳で・・・。
その診察台に、戸惑いと恥ずかしさに躊躇いを覚える事数分。
いつまでも突っ立ったままにもいかず、すごく恥ずかしい思いをして検査を終えた。
それから待たされる事、十数分。
行き当たった結果に時が止まった・・・。
産婦人科に回された時点で、嫌な予感はあったのだが・・・。
まさかそれが現実になろうとは・・・。
もともと私は生理不順で2・3ヶ月来ない事も平気であったので差しあたって気にしていなかったのだ。
でもよくよく考えれば妊娠兆候にみられる症状がいっぱいあった・・・。
身体がだるかったのも微熱で、胸がムカムカしていたのはつわりで・・・。
確かにここの所食べ物の趣向も変った。
前は好んで食べなかったものが急に食べたくなったのだ。
彼にもそれは指摘された。
『お前どうしたんだ?』
『えっ?何が?』
『お前あんまりそれ好きじゃなかった筈だよな。』
『うん・・・そうなんだけどね。何か最近趣向が変ったみたいでさ。』
『そうかよ。』
よく言うじゃない?大人になるにつれて子供の頃好きじゃなかった食べ物を好んで食べる様になるって・・・。
オバサンくさい考えかもしれないけど、私も一つ歳を取ったなぁ〜って言うか大人になったなぁ〜って思ってたんだよね。
これを彼に言うと馬鹿にするから言わなかったけど。
もう結婚出来る歳とは言えども、まだまだ学生。
後4年はまだ学生の身。
彼の家がいくらお金持ちとは言っても養ってもらって居る身。
それに・・・私の身分で彼と結婚出来る可能性は低い。
私の家はしがない一般サラリーマン。
氷帝に通っているぐらいだから、確かに一般的家庭に比べると少しは裕福かもしれない。
父の勤める会社は大手企業。
でも彼のお父さんみたいに社長では無い・・・。
そんな私が彼と一緒になれる確立は極めて低い。
すでに今彼と付き合えている事事態奇跡に近い。
11月に月日も替わって3年生と言う事は部活も引退しているけども、私と彼はそこで出会った。
彼と初めて会ったのは、今から6年前。
彼は幼等部の頃から氷帝だったけど、私は中学受験をして中等部から氷帝。
運動は苦手だけども、見ているのは好きだった私。
身体を動かすのも嫌いじゃなかったし。
何よりも夏休みアニメスペシャルで見た■ッチに憧れてマネジャーになろうと思った・・・。
そうなると何で野球部に入らないの?と思うかも知れないけども。
別に部活はどこでも良かった。
部活見学で回っていた校内。
テニス部コート。
仮入部で先輩達が新入生に対して軽い練習試合をしている中。
一人だけ人目を引くオーラを出している一年生が居た。
その彼の綺麗なフォーム。
誰の目から見ても経験者だという事は解った。
見た目もすごく綺麗な男の子だったけども、その綺麗なフォームに惚れた。
もっと近くで傍で見たいと思った。
そうと決まれば入部届けを出すのは早かった。
彼と付き合う事になったのは、2年の秋。
3年生達先輩も無事に部活を引退して、新体制。
新部長になったのは、無論彼だった。
誰も寄せ付けない程の歴然とした強さ。
異議する者は誰も居なかった。
誰しも当然と。
新体制になり新たなるレギュラー達が決まり、何故だか私がマネージャーのリーダーになってしまった。
言うまでも無いが氷帝のテニス部は200人も居る訳だから、当然マネージャーの数も必要になってくる。
20人近く居るマネージャー。
まさか人を引っ張っていく立場になるとは思わなかったし、自分は人を引っ張っていける力があるとは思っても居なかった。
先輩マネージャーの様にならなくちゃとか、もっと頑張んなきゃとか思い詰めてた。
今のままじゃ駄目だ・・・。
部活が終わった後の部室で、今日の日誌が書き途中のまま頭を抱えて溜息をついていた。
どうしたらもっと良くなるんだろう・・・。
頭の中はその事ばかり。
だから部室に誰かが入ってきた事にも気が付かなかった。
コトン。
日誌の上に置かれた、缶紅茶。
『えっ・・・。』
しかもその紅茶は私がよく愛飲していたミルクティーだった。
顔を上げて見上げればそこには。
『跡部君・・・。』
もう皆帰ったと思っていた。
彼は私をチラッと見ると向かいの椅子へと腰をかけ、手に持っていた缶コーヒーを開け口を付けた。
『あっ・ありがとう。』
ミルクティーに手をかけると暖かかった。
ホットミルクティー。
フタを開け一口飲むと口の中に広がる甘さ。
身体に広がる暖かさ。
ホッと一息ついた時、ふと零れ落ちた涙。
張り詰めていた緊張の糸が切れた。
『ふっ・・ひっく・・。』
手のひらで顔を覆った。
不意に感じた手首への感触。
優しく顔から外された。
彼の力に沿うように立たされ、収まった胸の中。
そして彼は一言。
『泣け。』
優しく抱きしめてくれた彼の背に自然と腕を回した。
普通は泣くなの一言じゃない?
でもそれが彼らしかった。
零れ落ちていった涙が枯れる頃。
『は今ままで通りでいい、普段のままで十分頑張っている。これ以上根を詰めるな。』
『でも・・・先輩の様にはまだまだ出来てない・・・。』
『何故、人と比べる?十人いれば十通りのやり方がある。はのやり方でやればいい。』
『私は私のやり方でやればいい・・・。』
『そうだ・・・。気持ちの拠り所がなかったら俺の所に来ればいい。』
『跡部君の所へ・・・。でも・・・それじゃぁ迷惑が・・・。部活の部長をやっている上に生徒会長もやってるのに・・・。迷惑かけられないよ。』
『フッ、迷惑なんて思っちゃいねぇよ。それにお前に掛けられる迷惑なら大歓迎だ。』
『えっ・・・それはどう言う意味で・・・?』
『この状態で気が付かないのか・・・?』
そう言えば私と跡部君は今だ抱き合ったままだった・・・。
そして耳元で囁かれた言葉。
『好きだ。』
初めて身体を繋げたのは、3年生に上がる前の春休みだったっけ・・・。
2人とも初めてで、緊張したっけ・・・。
あの頃はちゃんと避妊してた。
それが高等部に上がり、3年生に進級した辺りぐらいから・・・。
私がちゃんと避妊してって言えばいいのだけれど。
その・・あの・・・、そう言う行為に及ぶともう他の事に気が回らないって言うか。
色々とテクニシャンな景吾は、あっちの方もすごくて。
いつも私は天国に逝っちゃう。
だからナアナアに。
常々忙しい景吾だから、一緒に居る時間も多い訳じゃない。
周りの同世代から比べれば、あっちの方は少ない方だと思う。
でも、逢えばそっちの方へ流れていく事が多いのも事実。
覚悟を決めなければいけない。
もうお腹の中の子は3ヶ月を過ぎてしまった。
遅くなれば私に係る負担が大きくなるし、下ろせなくなる。
生みたいよ?当たり前だよ・・・。
好きな人との子供だよ?
祝福されて生まれてくるのなら、生んであげたいよ。
だけど人生どうにもならない事の方が多いんだよ・・・。
私一人で育てる自信も無いし。
彼の人生を台無しにもしたくない。
「ーー。」
呼ばれた声に振り返ると、そこには親友の桃花。
・・・桃花さえ知らない。
誰も知らない私の胸の内だけ。
でも私が何かで悩んでるのは、薄々感づいている。
「ん?なぁに?」
「次、体育だよ。更衣室に行こう。」
「うん。」
「今日の体育は、マラソンだって。」
「えっーーーヤダなぁ。」
季節も冬に入ってくれば、どこの学校でも必ずあろう校内マラソン大会に向けて体育の科目も必ずしもマラソンになる・・・。
私のもっとも苦手分野だ。
「一緒走ろうね。」
「うん。」
例にもれず桃花も運動があまり得意では無い。
着替えを済ませて校庭に出てみれば、寒さが身に凍みる。
今日は一段と寒い。
周りの皆も寒い寒いと喚き縮こまっている。
心頭滅却すれば火もまた涼しいと言ったことわざがあるが、暑いのは暑いし寒いの寒い間違ってる。
半袖短パンの筋肉馬鹿教師は、どうだ俺を見ろと言わんばかりに見るからに暑そうだ。
「走れば身体も心から温まる。と言う事で校内マラソンに向けて今日はマラソンだ。」
「「「「えっーーー。」」」」
非難轟々。
「えっーじゃない。いいか今日は手始めだから、校庭5周な。」
冗談じゃない。
どれだけ校庭が広いと思ってるんだ!!
一周800mはあるんだよ?
4km以上走る事になる。
「ーーー、ゆっくりと走ろうね?」
「うん、普通に走ってたら確実に死ぬね。」
「ホント、全身筋肉馬鹿は何言っちゃってるんだろうね・・・。」
「脳みそまで筋肉の塊なんじゃないの・・・?」
「「プッ。」」
最初の一周目は全然平気だったのに・・・。
二週目に入った辺りから身体の調子がおかしい。
つわりによる吐き気と苦しい呼吸。
歩きに近い状態で走っていたのに。
目の前が真っ暗闇に覆われてきて、周りの声が聞こえなくなってきた。
ヤバイ。
確実に倒れると思った瞬間。
桃花の悲痛の叫びが聞こえた。
無意識のうちにお腹だけは庇う様に意識を手放した。
『・・・ゃんが、・・・かちゃんが・・・・わたしのあかちゃんが・・・。』
暗闇の中で泣き叫ぶ赤ん坊の声。
・・て。
・めて。
やめて。
頭をかかえてしゃがみ込んでいるのは・・・私。
必死に頭を振って。
・・・ね。
・・めんね。
ごめんね。
必死に謝って。
許して・・・私を許して。
滑った手を見てみれば真っ赤に染まる血。
「いやーーーーーー。」
「ぉい・・・。おい。」
揺すられる感覚。
「うぅっ。」
ゆっくりと目を開ければ、見えたのは白い天井。
私・・・倒れたんだ。
ハッ!!
「赤ちゃん!!」
「一応大丈夫だろうと思うけど病院で検査を受けておけだとよ。」
「えっ・・・。」
聞こえてきた声に振り向いてみればそこには・・・。
「・・・景吾。」
怖い顔をした景吾がそこに居た。
「・・・・。」
「最近様子がおかしいと思ってたが、そういう事か・・・。」
かなりご立腹の様子。
「・・・ごめんなさい。」
「・・何に対する謝罪だ?」
「赤ちゃんが出来ちゃった事言おう言おうと思ってたけど・・中々言えなくて・・・。」
「何で中々言えないんだよ!俺が下ろせと言うと思ったのかよ!!」
「ちが・・」
「何が違うんだよ。」
「どっちにしろ下ろさなきゃいけない事は解ってるの・・・、頭の中では解ってるんだけど心が追いつかなくて・・・。」
「お前は何も解っちゃいねぇーよ。」
「・・・・。」
「いつ子供が出来てるって分かった?」
「・・・先月の4日。」
「何でそん時に言わねぇーんだよ。」
「だって・・・。」
「だってじゃねぇーよ!!お前の頭の中はその事でいっぱいだっただろうがな、先月の4日は何の日だ?」
先月の4日・・・?
10月4日・・・?
前日まで覚えてた・・景吾の誕生日だ。
「・・・・あっ。」
「思い出したか俺の誕生日だ。」
「ごめん・・・、プレゼント用意してない。」
「プレゼントなんてどうでもいいんだよ。そん時に言ってりゃ今までに無い特別なプレゼントになったのによ。」
「えっ・・・?」
「お前は俺が避妊していなかったのはメンドクサイからだと思ってたのか?」
唐突な言葉。
「俺は欲張りなんだよ。欲しいモノはすべて手に入れる、計画的犯行だ。」
「でも・・・私と景吾じゃ家柄的にも釣り合いが・・・。」
「お前はそんなくだらない事を考えてたのか?」
「だって絶対に景吾のご両親が許してくれる訳・・・」
「あるんだよ。ウチの家は家柄じゃねぇ、人柄で判断すんだよ。しかも相手は自分で選べだ。」
「じゃぁ、子供は生んでもいいの?」
「あぁ。」
「本当にいいの・・・?」
「当たり前だろ。」
ゆっくりと起き上がった私は景吾に抱きついた。
それから大事を取って病院で検査を受けた後、母子手帳を手に景吾の家へと。
先に景吾の両親に挨拶をしに行く事になった。
「今日は偶々親父もお袋も休みだ。運が良かったな。」
景吾は私の腰に手を回し、労わる様にゆっくりと私の歩幅に合わせて歩いてくれている。
少し緊張する。
私の緊張が伝わったのか景吾は私の手を優しく握ってくれた。
「大丈夫だ。何も心配する事は無い。・・・ここだ。」
連れて来られた扉の前。
コンコン。
扉をノックする景吾。
「・・・入れ。」
中から渋い男性の声が聞こえた。
「失礼します。」
開けた扉の先には、景吾によく似た渋い男性と綺麗な女性が居た。
「「景吾!!」」
重なり合う2つの声。
「「よくやった(わ)。」」
「えっ・・・。」
話はすでに伝っているらしかった。
「これで私もおばあちゃんになるのねぇ。」
「予定日はいつなんだ。」
「来年の6月中旬ぐらいです。」
「しかしそう言った相手が当の昔に居たのならば、何でもっと早く紹介してくれないの。」
「紹介したらお前の玩具になるからだろ。」
真横でボソッと呟く景吾。
「しかし可愛らしいお嬢さんだ。初めまして景吾の父です。」
「あっ、初めましてです。」
その後、景吾のご両親と景吾を引き連れて我が家へ挨拶。
話を聞いた両親は、驚きのあまり開いた口がしばらく塞がらなかった。
でも戸惑いながらも反対するどころか喜んでくれた。
幸せです。
「ねぇ景吾。」
「ん。」
「遅くなったけど誕生日オメデトウ。」
「あぁ。」
優しく微笑んでくれた景吾。
これから先も彼と幸せな人生を歩みます。
コメント:管理人は妊娠した事が無いので、
自分の分かる範囲内ともしかしたら思い込んでいる部分があるかも知れませんが、
所詮は小説だという事を忘れないで下さい。
遅い誕生日夢となってしまいましたが、
いつもより多少の多く書いているので許してください。
しかし名前変換少ないなぁ。
読んでくれたさん★ありがとう。(05/11/03.up)