図書室の夕日が差し込む窓際で、オレンジ色に染まった彼を見た時、まるで一枚の絵がそこにある様だった。
神秘的と言うか、幻想的と言うか・・・。
確かに彼は、見目麗しい人だけれども・・・。
肩肘をつき瞳は俯き加減、男の癖に長い睫毛。
その光景は本当に私の瞳の中に焼きついてはなれなかった。
彼は人気のある人だったけれども、私はその光景を見るまでは大して気にしていなかった。
だって、彼と私との接点はゼロ。
このかた3年間一緒のクラスになった事もなければ委員会なども被った事も無いし、私は男子テニス部のマネージャーな訳でもない。
無論、男子テニス部レギュラーと一緒のクラスになった事もないし、私はテニスに興味がゼロ。
彼を見かける事さえ滅多に無かった・・・。
滅多にっていうのは、学年集会とか体育祭とかの様な大きな行事の時ぐらいにしか確実に見る事は無かった。
学年が一緒と言っても、クラスは離れてるから体育とかの授業でマズ2クラスぐらいの合同でするような事にも被らない。
それが偶々、本当に偶々偶然にも授業で出された宿題の資料を探しに来た放課後の図書室で彼を見つけた。
今日は水曜日でどの部活も殆ど休み。
だから、彼は図書室にいたんだろうけど・・・。
夕日ってなんだか胸が締め付けられない…?
夕焼け色ってオレンジ色で暖かい色をしているけれど、なんだか切なくさせられるんだよね。
どうしてか?って聞かれると上手い具合には説明は出来ないけど。
呼吸をするのを忘れた様に、彼を凝視していた。
フッと空気が変わった。
私の視線があまりにも痛かったのか、俯き加減だった彼の顔が上がり何の迷いも無く私の方へと顔を向けた。
絡み合った視線。
何かに囚われた様にその視線から動けなかった。
あぁ、どうしよう。
彼から視線が離せない・・・。
心臓が早鐘の様に動く。
無音の世界が広がる中、自分の心臓の音だけが頭の中に響いた。
呼吸が上手く出来ない。
そんな時。
静かな図書室にドアの開く音が響いた。
その音が合図の様に我を思い出したかの様に私は動き出した。
「おう跡部、こんなトコに居ったのか。」
入ってきたのは、彼と同じ部活仲間の忍足君。
助かった……と思った。
別に悪い事をしていた訳では無いけれど、跡部君を見て固まってしまった私を動かしてくれたから。
今だ心臓はドキドキと早い鼓動を打っている。
跡部君が前からカッコいいなんて知ってたじゃない。
何今更ドキドキしてるの…よ。
きっと…そうよきっと普段よりマジかで見ちゃったもんだから緊張したんだよ。
今回は偶然にも跡部君と私のタイミングが合ってしまったから。
このドキドキ感はきっと緊張したせいだ。
それに多分、早々にこういった機会なんて無い。
もう二度目は無いよ。
そう思った………そう思い込もうとしてた。
あれから学年集会等で跡部君を見る事はあっても、あの時の様な胸の鼓動は聞こえない。
相変わらずカッコいいなぁ〜とは思ったけど。
毎日の生活の中でさほど意識していなければ、記憶もどこか彼方。
忘れかけてたんだあの日の事。
今日は日直だった。
最後の仕上げの日誌を書き終わってホッ一息。
担任に渡すために職員室へ。
無事日誌も提出して何気なく中庭の方の窓を見ながら歩いてた。
外は夕焼け色。
そこに佇む人影。
ドキっとした。
マサカって思った。
何故跡部君がこんな時間にこんな所に居るの?
今日は部活が休みではない。
あの時の記憶を呼び起すかのように私はまた動けなくなった。
以前程近い距離では無い。
夕暮れ時だからよく見ても誰かなんて判別しにくい。
なのに私の直感が彼だと知らせている。
そして顔の表情なんてよく見えない筈なのに、思い浮かぶのはあの時の図書室での跡部君。
胸の鼓動が早鐘を打つ。
私から見て恐らく横を向いていた跡部君は、何かに気づいた様にゆっくりと身体を私の居る方へと向きを変えた。
視線が絡み合っているかも解らない距離なのに強く視線を感じた。
「、まだ居たのか?」
突然かけられた声に驚いて振り返って見れば、そこに居たのは我がクラスの担任で。
「暗くならない内に早く帰れよ。」
「…ハィ。」
一言・二言言葉を交わして中庭の方へと視線を促して見れば、跡部君はいつの間にか居なかった。
居なくなるのがあまりにも早くて……私は幻でも見たのかと思った。
二度とそんな事は無いと思った。
見かける事があっても視線が交わるような事が…。
この胸の鼓動の意味を誰か教えて………。
思い過ごそうと思った緊張の意味にはもう誤魔化しは効かない。
気持ちに気づいたって何かが変わる訳でも何かが初まる訳でも無い。
何も接点が無いから。
何も知らないから。
跡部君は私の事を認識していないと思う。
図書室での出来事は私にとっては大いなる出来事ではあったけど、彼にしてみれば全然大した事で無い筈だし。
覚えてる訳も無い。
先日の中庭の件だって夕暮れ時で人の顔も判別しにくい上に距離も多少あった。
それに跡部君はきっと視線を感じたと思ったから振り返っただけだろうし。
こんな気持ちに気づかされて、私にいったいどうしろっていうの…。
あぁ、早くこんな気持ち無くなってしまえばいいのに。
どうせ何も出来ない…何も変わらない。
いつまでも胸の奥で燻ってたって意味が無いのに。
どうしてこの気持ち無くなってくれないの?
夕焼けが綺麗だった。
それに照らし出される跡部君も綺麗だった。
男の癖に長い睫。
男の癖にサラサラな髪。
男の癖に夕焼け色が染みる程の肌の白さ。
総てが綺麗だった。
ただでさえ見目麗しい跡部君。
それを増大させるかのようにあの一枚の絵画の様な彼。
惹かれない筈は無いんだよ。
それとも夕闇に潜む魔物にでも私は魅入られてしまったのか。
いくら溜息と共に想いを吐き出してみても全然軽くならない。
たかだか十代の女の子の恋愛なんてって大人からしてみればバカバカしいかもしれないけど。
考えたくも無いのに頭には跡部君が浮かび、叶わない想いだって解ってるから泣きたくも無いのに涙は出てくるし。
そして眠れない………。
「お願いだから誰か助けて………。」
屋上の金網に寄りかかりながらそんな事口走ってた。
今日の6時限目は自習だったから、出席だけ取った後こっそりと抜け出して屋上に来たんだ。
冬空の下で寒いけど、冬の空気は澄んでる気がするから私の心の中に燻っている想いをどうにかしてくれるような気がした。
気がしただけで何も変わらないけど。
授業の終わりを告げるチャイムは当に鳴った。
いつまでもこんな所でウダウダしてないで帰ればいいと思うのに。
何故かもう少しここに居なくちゃ行けない様な気がする。
冬は日が暮れるのが早い。
屋上から見える夕焼け色の街並みは酷く私の心を寂しくさせた。
キィ−っと微かに響く音。
その音の原因を誰が発しているのか見るために振り返った。
………跡部君。
3度目………。
偶然が重なるにも程がある。
何で…ここに居るの……。
早くここから出なければ。
でも動けない身体
絡みあった視線。
逸らしたいのに。
でも逸らせない
跡部君は私をじっと見つめながら一歩…一歩近づいてくる。
この震えは寒さから…?それとも緊張から…?それとも………。
「お前……。」
私の目の前まで来て立ち止まった跡部君。
「名前は?」
「……。」
「……ね。」
夕焼け色に照らされながら不敵笑った彼。
夕焼け色に打つ早鐘の音
コメント:
こんなニュアンスの夢小説も書いてみたいと思ってたので書いてみました。
これはこれで終わりじゃないんですが、気が向いたら続き書きますw
これだけで終わってもいいんですけどねww(08/02/17.UP)